結構早起きして、コーヒーを飲んで出発したんだが…「カードに異常があります」と表示された後でテントを撮った写真が残っていなかった。。。マイクロSDカードをSDカードのアダプタ経由で使うのは止めた方がいいのかもしれないなぁ。勘合が悪くなってるような気がする。
ま、そりゃそうと小玉ダム湖は奥多摩湖を1/144にしたような手頃なサイズの湖でして、何故か鬼の画があります。言い伝えか何かがあるんですかね?
実はこの写真、ダム湖の上流から引き返してきた時の写真でして、当初抜けて行こうとしたダムの上流の道では「落石注意」の看板が多数。ま、ヘルメット被ってるから大丈夫だろうと進んで行った結果がこちら。
「進めねぇ」よ…(涙)
結果、県道133号を使って国道49号・国道349号を使って大回りしながら北上する結果になるんだが、途中ちょっと寄り道をして水石山公園へ。
こういうご時世なので?残念ながら放牧の馬は一頭もおらず、一番見晴らしのいい場所はいい感じのカップルに占領されていて邪魔出来ずと実は散々ではあったが、天気がいい事だけで十分かな。
この後は順調に北上しまして、途中セブンイレブンで缶コーヒを飲んだりしながら「小野小町」の生誕の地?小野町で「お城に」差しかかった。
こちらは「リカちゃん」人形がテーマのちょっとしたテーマパーク「リカちゃんキャッスル」。現代版「小野小町」候補達には、まさに「リカちゃん人形」になったかの様な着替えやら何やらがあって楽しい場所と聞いた事がある。ただまぁ…革パン穿いて無精ヒゲを生やしたおっさんが一人で行ける場所では無いのは確かだな(汗)
幸い?開城時刻までかなり時間があったので無謀な好奇心を発揮せずに済んだのはともかくとして、暫くの間は営業が不定期になりそうなのでHP等で事前に確認した上で「ご来城」あれ。
ちなみに俺の妹は「リカちゃん」好きだったが、俺は「モンチッチ」が好きだった…(ここだけの話)
そんなこんなでやって来ました「あぶくま洞」。駐車場寸前の片側交互通行がキツイ事もあって大型の観光バスが入れないのがかなり痛いが、それ以外には問題無し。
石灰岩の採石場で見つかった事もあり、駐車場間際にはこんな岩肌(石灰岩?)が広がります。アスファルトの道路はガタガタだけれども、この法面(のりめん)がほとんど崩れていない様子を見て…「イメージ的には怖いけど、もしかして鍾乳洞ほど地震に強い空間は無いんじゃないのかなぁ?」と。
だって…今の姿になるのに「8000万年位」掛かってんだぜ?1000年だか5000年だか知らんが、そういう短い周期の地震なんて、余裕で乗り越えてきたから今日があるんだろうし。
そんな事を考えながら進む場内では、洞窟入り口まで「ゆる~い」有線放送?が流れてました。「猪苗代湖ズ」の「I love you & I need you ふくしま」。最後まで聴き終わった所でいざ中へ。
こんな感じの地下通路?の先にあるのは…
あぶくま洞最大の空間がこちら「滝根御殿」。天井まで30メートルと言う事で、マンションにすると10階建て相当との事。今回愛用のデジカメ「G1」を持ってくるのを忘れた事が悔やまれる。ちなみ写真だと風変わりな色に映ってますが、水銀灯で照らされている関係なので実際はもっと白っぽいです。それから数匹「コウモリ」が飛んでました。
こちらは今も上へ向かって伸びている石筍。1センチ伸びるのに100年位掛かるらしいので、2メートル位あるこれは…2万年物かぁ。
こちらは「月の世界」と名付けられてました。確かにそんな雰囲気があるな。そう言えば映画「アルマゲドン」で穴掘ったのってこんな雰囲気の小惑星の上だったなぁ。
この鍾乳洞の中は年間を通じて15度の気温・90%以上の湿度だそうでして、ワインセラーとして丁度いいそうな。あぶくまワイン北醇が保存されてました。
あぶくま洞を見学した後は「仙台平」を目指したんですが…
「仙台平」方面への道は残念ながら通行止め。ゴールデンウイークも今回も、通行止め遭遇率高いなぁ。。。
福島のイメージというと個人的にはこういう感じかなぁ。山があって川があって花が咲いていて空が綺麗で…
こちらは大鷹鳥谷山(おおたかどや山)からの電波を受けて表示する、いわゆる「電波時計」。「日本標準時」と書かれています。ここから南東へ15キロ程の山頂にある「標準電波送信所」が避難命令を受けて停波した事で、九州の60kHzの電波が受信出来ない関東以北の電波時計が普通のクオーツ時計になってしまった事は記憶に新しい。現在も雷の影響等で止まったりしているが、しばらくの間は大らかな気持ちで待ってあげて欲しいな。
この後20キロの避難区域が数キロ先に迫ってくるんだが、商店は皆閉まり生活臭が消えてしまっている。国道399号で避難区域ギリギリを南下して、ツーリングマップルに載っていた草野心平の「天山文庫」に寄ってみたが閉館中。当初寄っていこうと思っていた、すぐそばにある川内村役場裏手の「かわうちの湯」も休館中だった。
川内村では国道から東方面へ向かうあらゆる道路にこの看板が置かれていた。確かにこれでは生活が出来ない。そしてこの時ちょうど12時になり、人気の無い村に村内放送で明るい音楽が大音量で流れ始めた。聞く人のいない村に流れる音楽をただ呆然と聞いていたら、谷川俊太郎の詩「空に小鳥がいなくなった日」を思い出して悲しくなったよ。
こちらは川内村からいわき市へ入ったばかりの国道上から見えた風景。変わってしまった風景もあったりはしたが、変わらぬ風景も確かにあった。夏を待つのも一理あるが、燃えるような新緑を見たけりゃ今だと思うよ。