梅雨明け最初のキャンプツーリング ~世界遺産 平泉編~

昭和の空気をたっぷり吸った後は、平安時代の空気を吸いに平泉の中尊寺へ高速使って小ワープ。

結構大きなニュースになったので多くの方がご存じかと思うが、この平泉にある中尊寺をはじめとする5カ所がユネスコ世界遺産に登録された。で、この前のGWをはじめとして東北の各地に何度も足を運んでいる俺様であるからには、平泉の魅力について軽く語ってみたいと思う。

平泉っていう所はだなぁ…岩手県にあるらしくって…中尊寺ってのが何やら有名らしい。

実は…まだ行ったことがないのだ…(汗)

行ったことのない場所が世界遺産になったのに、そこに行かずにいられるほど大人な性格ではありません。そんな訳で、単なるミーハーな心でここ平泉にやってきたってのが今回のキャンプツーリングのそもそものきっかけだったりする(笑)

中尊寺に着いて、駐車場(バイクは一回50円)があったのでバイクを駐めまして、かなり暑いんでジャケットはバイクに置いて月見坂という参道を登っていきます。

お寺の参道って色々あると思うけど…山寺みたいなのは別格として、この参道は結構疲れる部類に入るかなぁ。足腰が弱ったお爺ちゃんやお婆ちゃんは、杖を用意しておいた方が良さそうだ。道自体が険しいんじゃなくて、ボディーブローのように効いてくる感じです。

ろくに下調べもせずにやってきたので今回現地で知ることになったんだが、そもそも中尊寺というのは大きなお寺が一つ「どん」と有る訳ではなく、中尊寺という名の本寺と17つのお寺の集合体?で中尊寺と呼ばれているそうだ。そんな訳で、参道を登っていくとお寺というかお堂のような建物がいくつもありまして、それぞれの入り口でお守りやら何やらを売っていたりします。野暮な話だが、会計的には独立してるのかな?さすがにそれじゃぁやっていけなさそうな気がするが(汗)

幾つかお寺というかお堂のような建物でお参りをすると、いよいよ大きな本寺に到着です。参道は平日だというのに結構な人出でして、スポーツ関係の夏合宿のついでに立ち寄ったと思われる学生達の姿も多い。そう言えば午前中の宮沢賢治博物館にも、スポーツの合宿っぽい格好の学生の姿が多かったな。

中尊寺の本寺をお参りをした後は、「讃衡蔵」という文化財収納施設と「金色堂」の見学です。この2カ所だけ有料(セットで800円)ですが、ここを見ないで帰ってしまうのはさすがにやめておいた方が無難です。是非見学して下さいませ。

中尊寺を見学した方のブログやHPを見るとこの2カ所だけ何故か全く面白くない写真が使われていたりしますが、それもそのはず建物内は全て撮影禁止です…(汗)

写真が撮れないとなると、言葉で伝えるしか無い…と書きかけて思いついた。別に頭の中に残っているイメージを絵にすることまでは禁止されてないよね。じゃぁ絵にすればいいじゃん。誰が?

えっ…俺が?絵を描くの…?やめておいた方がいい気がするんだが…(汗)

俺の絵のセンスの無さは折り紙付きで、あの可愛らしい顔と声なのに、絵を描かせるとその絵を見た子供が泣き出したという伝説を持っている「はいだしょうこ」に師事したんじゃないかってなくらいヒドイのが出来上がっちゃうと思うんだが…描いちゃった。思っていたより出来がいいので使ってしまおう。

絵を見て頂くとわかるように、讃衡蔵に入ると大きな大仏様が三体鎮座しています。一番左の大仏様は金色の塗装?が頭の部分だけ、真ん中の大仏様は胸から下の金色がかなり落ちてます。一番右の大仏様は肩から手に至る部分には初めから金色は無かったような雰囲気です。それから右の一体だけが背中に抱えている物が違い、壺を持っていました。

何っ?こんな絵じゃ全然イメージ出来ねぇだぁ?ちゃんと左下に大きさがわかるように俺の姿も描き込んであるだろう?それでも駄目だぁ?どうやら俺の絵との接し方が根本から間違ってるようだな。

「いいか。俺の絵は見るもんじゃねぇ………感じろ。」 (何故か上から目線)

ヨタ話はこの程度にして続きなどを。この他にも千手観音像や、沖縄のシーサーを思わせる風貌の馬?に乗った菩薩像など、俺みたいな門外漢でも凄いと思える展示?です。

実は金色堂も描こうとしたんだが…大仏の絵を描いた時に全身全霊をこめて描いてしまったからか、体力と気力の消耗が激しかったので今回は諦めた(嘘)

金色堂は、まばゆいばかりの金箔を貼り込んだ仕上がりですが屋根瓦の部分(木瓦)だけは木そのままです。極楽浄土を表現したとされるこの金色堂という空間には仏様がいくつも並んでいます。この金色堂、装飾品に舶来物の貝が使われていたりと、金が産出される地域だった事の当時の影響力の大きさを感じさせる場所でもありました。

こんな感じに平泉の全てを見たわけではありませんが、東北の観光地としては奇跡的と言っても間違いないくらいコンパクトなエリアに観光スポットが集中してます。青春18きっぷ利用者でも安い料金で使える平泉駅からのレンタサイクルや巡回バスがあるので、岩手県平泉へ是非一度繰り出してみて下さいっ!

こちらは当時の旅人代表とも言える「松尾芭蕉」像。松尾芭蕉はこの平泉に立ち寄っていまして、有名な句を詠んでいます。そろそろ8/19の「バイクの日」と「俳句の日」がバッティングする季節なんで…敵に塩を送るような真似は控えたいところではありますが(笑)記事の最後はやっぱり松尾芭蕉の俳句で〆。

松尾芭蕉が平泉を訪れて、遠い昔に想いを寄せて詠んだ一句。

「夏草や兵どもが夢の跡」

松尾芭蕉が金色堂を目にして詠んだ一句。

「五月雨の降り残してや光堂」

【岩手県花巻市】 マルカンデパート大食堂 「焼肉ラーメン&ソフトクリーム」

急いで平泉へ向けて移動している最中にふと思い出した。「マルカンデパート大食堂」に行ってねぇじゃん。巨大ソフトクリーム食べてねぇじゃん。全然駄目じゃん!

そんな訳で折角10キロほど走ったのに、またしても花巻方面に逆戻りしまして…無事マルカンデパートにある「大食堂」へ到着。ソフトクリームは食べると決めているが、昼飯はどうしようかなぁ。ま、ここまで来たんだから食べていくかな。いかにも昭和のデパートの食堂的な品揃えの中で目に留まったのは「焼肉ラーメン」。若干の不安を感じはするものの、食券売りのおばちゃんに「焼肉ラーメン」と「ソフトクリーム」を注文です。

自分の好きな席に座って、動きまくっているウェイター&ウェイトレスの方を捕まえて食券を渡す仕組みなんだが、とにかくこの食堂でかいんだよ。特に座席に個性を持たせることなく並んだ座席、総数560席だそうな。そう言えば昔の東京のデパートのレストランも、こんな雰囲気だったような気がするなぁ。

ラーメンとソフトクリームが同時に来てしまっては具合が悪いので、まずは「焼肉ラーメン」の食券をウェイトレスの方に渡しまして、花巻市内の風景を眺めながら待つこと5分ほどで到着。ほほぅ…これが「焼肉ラーメン」ですか。醤油ラーメンに焼肉載っけたってな感じですかね。結構ネギが多いですな。それではスープから頂きま~すっ。

むほほ、店内が昭和的ならラーメンも昭和っぽいですね。いい味出してる醤油スープです。お次はお肉&麺をズズっと頂きます。

んん?この焼肉…不思議なほどこのラーメンにマッチしているではないか…。このラーメン、俺好みだよ!旨いです。麺はさほど特徴がある訳ではないんですが、シンプルな醤油スープとちょっとした甘みを感じる焼き肉と合わせて食べるととってもいい。それにしても食堂の情景もラーメンの味も、昭和の雰囲気たっぷりですなぁ。当然の事ながら完食しまして、もう一度ウェイトレスの方を捕まえてソフトクリームの食券を手渡します。

待望のソフトクリーム、待つこと数分で運ばれてきました。

でかっ!しかもこれが140円って…花巻どうしちゃったの!?(驚)

廻りにも結構この巨大ソフトクリームを食べている人達がいまして、ペロペロ舐めるんではなく箸で食べ進めるのがお約束の模様。確かにスプーンが出てきたりはしないので、その食べ方でないと溶けちゃうね。それでは俺もお箸でパクパク頂きま~す。
半分ほど食べたところで周囲が溶けてきたので、箸で一皮むき?まして、さらに食べ進めます。最終的に、全部食べ終える頃には十分すぎるほど体が冷えますな(笑)

旅なり旅行なりでこの手のお店に行くのが嫌いな方にはお薦めできませんが、はまるタイプの方には絶対お薦めのスポットです。日本国内に代わりの場所を探し求めるのは不可能なんじゃないかと思わせられる雰囲気を漂わせるデパートの食堂ですヨ。ご馳走様でしたっ!

次に何を食べるかが楽しみになりますねぇ…もちろんソフトクリームは注文確定です(笑)

梅雨明け最初のキャンプツーリング ~「宮沢賢治記念館」他編~

当初の予定では、定時のチャイムと同時に家にダッシュ&荷物を積んで、岩手県のマース北上という健康ランドに向けて出発するつもりだったのだが…

何故かやたらと眠かったので…即出撃は断念(涙)

仕方がないので家に帰って夜中の2時頃出発するつもりで目覚ましをセットして寝た訳だ。で、ふと気がつくと20時過ぎに目が覚めまして、今度はどうやっても寝付けない…(汗)仕方がないのでやっぱり出発してしまう事にしたのでありました。今から北上まで行くのはちょっとどうかと思ったので、福島・宮城県内の快活クラブのお店を数店舗チェックして常磐道経由で出発で~す。

何だかんだ言って足回りの消耗品を全取っ替えしているボロバイクの調子がすこぶる好調でして、多少霧雨に降られたりしつつも仙台市内の北部に位置する泉ICまで一気乗り。

ちょうど日付が変わった時間帯に仙台市内へ到着したのでこれ幸いと「快活CLUB 4号仙台泉店」へ向かったはずが、完全に逆方向へ走ってしまいまして…結局25キロほど北方の「快活CLUB 古川店」まで走ってしまうという若干間抜けな展開に。直ぐ近くに「幸楽苑」があったので、夜食というか晩飯を頂きました。

久々に食べて思うのは、麺のほぐしがイマイチで少々くっついていた事以外はいい感じ。チャーハンはあんまり好みではなかったけれど、餃子は好きなタイプだったなぁ。それにしてもホント値段設定が安いよね。

この後はいつものように快活クラブのソフトクリームやらオレンジジュースやら野菜ジュースやらを飲みつつ新聞を読み明読み。明日行くつもりでいる割には全く下調べをしていない、花巻の宮沢賢治関連施設の情報を仕入れたりして就寝。
しかしまぁ、快活クラブに来た時だけは酒飲まなくても平常心を保っていられるのは何故なんだろう?実は俺って、酒の代わりにソフトクリームがあれば大丈夫な人間なのかもしれないな(笑)

~ AM7:00 朝が来た ~

窓の外を見てみると、取りあえず雨は降っていなさそう。コーヒーを飲みながらサービスモーニングを食べて、新聞読んで、ネットニュースを見てとやっていたら…「日立製作所と三菱重工が経営統合へ向け協議開始…」ええっ!マジですかっ!

うひょ~っ!良い悪いはともかくとして、時代が動いているのを感じるなぁ。しかも動乱の時代の幕開けってな雰囲気だ。俺は停滞する位なら少々危なっかしくても動いてる方がいいと思うんだが、そういう大人は少数派なのかなぁ。

ま、こういうお仕事系の無粋な話題は記事と記憶の両面から消し去りまして北上開始!

最初は高速使って一気に花巻まで行っちまおうかとも思ったが、それだと花巻に早く着きすぎる気がしたので下道で。朝の時間帯に実際に走ってみて分かったのは、宮城県北部~岩手県南部の国道4号線てのは思いっきり生活道路でして、ちょっとした距離を走る車(脇道から入ってきて、しばらくすると右折するとか)だらけ&片側一車線なので、田舎の国道とは思えないほど流れが悪い。

予想を遙かに超えた時間を掛けつつも(汗)岩手県花巻市にある「宮沢賢治記念館」に到着。今年のGWに近くの道の駅「とうわ」の隅っこでキャンプした時に地図を眺めてて気になった場所だったな。

最近気がついたんだが、俺って旅先で新しい場所とかを「情報として」知った場合、「ふ~ん、そんなもんがあるんだ。次来た時に行くかなぁ。」と簡単にやり過ごしてしまう事が多い。だってまた来ればいいだけの話だもんねぇ。テント暮らしだと金が掛からないだけでなく、段取り自体がいらないから気楽なんだよなぁ。

「宮沢賢治記念館」と「宮沢賢治童話村」と「花巻市博物館」の3カ所を最初から巡るつもりだったので、3館共通入館券(800円)てのを買いまして「宮沢賢治記念館」へ入館。

実は館内で結構写真を撮ったんですが、見学を終えて外に出る時になって「館内は撮影禁止です」と書かれた札に気がついたのであった(汗)そんな訳で、館内で撮った写真は全てお蔵入り決定です(涙)

ま、写真がないから説明できないなんていい訳をしても仕方がないので、個人的な印象も含めて館内の御紹介などを。

宮沢賢治の生い立ちから始まり、37歳の若さで没するまでの人生を幾つかの章立てに分けられた年表を伴った展示になってまして、その時々に熱中したり、深く関わっていた物が同じエリアに展示されています。

宮沢賢治自身が純粋な意味での物書きの枠内に留まらなかったことが多種多様な展示に繋がっていまして、鉱物の標本や愛用のチェロ、銀河鉄道の夜に代表される宇宙に関する展示に、農業、ひいてはイーハトーブと呼ぶ理想郷に法華経と、書き出すだけでも多種多様。

もちろん各種作品の自筆原稿も多数あったりするが、基本的に皆複製なのが残念と言えば残念ではある。ところが、写しとはいえ自筆原稿だからこそ伝わってくるものがあるのも確かでして、全てという訳ではないが基本的に修正だらけの原稿で、しかもぱっと見なんだか「汚い」のである。説明するのが難しいのだが…ベートーベンの自筆楽譜的な汚さを感じた。

そしてさらに細かく見ていくと…俺の書く字体と宮沢賢治の書く字体が良く似ていることに気がついた。一言で言ってしまえば「下手」ということではあるんだが…(汗)文字としてのバランスが崩れてしまっているとでも言いますかね。何というか、字を書く練習をしている最中の子供の字みたいなんだよなぁ。

あ…別に宮沢賢治の悪口ではなくて、俺自身に向けた言葉ですんで念のため(汗)

宮沢賢治の手書き文字の写真は使えないので、上は宮沢賢治の文字を摸した俺の字。おぉ…この文字は…これはまさに宮沢賢治が現代に降臨したかのようではないかっ!(←アホ)

「宮沢賢治記念館」の見学の後は「イーハトーブ館」へ。途中にある花壇の日時計がいい雰囲気。

「宮沢賢治記念館」の駐車場には「山猫軒」なんていうレストラン兼お土産屋さんもあったりする。名前からして「注文の多い料理店」に出てくるレストランだぁね。「どなたもどうかお入りください 決してご遠慮はありません。」「ことに肥ったお方や若いお方は大歓迎いたします。」だってさ。お店に入って色々注文に応えていったら…食べられちゃうかもよ(笑)ま、俺は幸いにもお土産買って無事に生きて帰ってきたけれど。

単に「若くないから」かだったりして…(涙)

お次は「宮沢賢治童話村」なる場所へ。博物館は文字通り資料の展示がメインでしたが、こちらの施設は宮沢賢治の童話の世界にどっぷり浸かる施設と言ったところかな。

こちらは「宮沢賢治童話村」の売店で見た瞬間に「これは…やられた…」と思ったお土産の傘。宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」がプリントされてます(笑)最高のアイデア商品だよ。そう言えば、この詩も含めて宮沢賢治の作品の多くは宮沢賢治の没後に発見された事を今回知った。

「宮沢賢治童話村」と「花巻市博物館」は敷地が繋がってまして、童話村からも入ることが出来ます。各種出土品や年貢の米を量る器具やら岩手軽便鉄道(「銀河鉄道の夜」のモデルとなった鉄道だそうな)の常設展を見学した後は、「特別展 浮世絵名品にみる「青」の変遷展」を見学しました。

~特別展は撮影禁止だったので写真はありません~

浮世絵の色について考えたことなど今まで全くなかったが、実際の浮世絵を見て解説を読むと「なるほど…」と感心させられた。確かに昔の浮世絵には「青」が使われていないのだ。露草(ツユクサ)から作った青い絵の具があるにはあったが、退色しやすく広まらなかったそうな。

その後「ベルリンブルー」という退色にも強く、使い勝手も良い青い絵の具が使われはじめ、葛飾北斎が富士山や海の表現に用いた事で広く評判になったとのことです。確かに浮世絵に青が加わることで、一気に色彩感が豊富になり、躍動感が増した印象です。

この後、宮沢賢治が名付けた「イギリス海岸(水位が下がった時に現れる岩肌がドーバー海峡の岩肌に似ているそうな)」を見物したり「宮沢賢治詩碑(雨ニモマケズ…)」の見学をしていたらお昼を回ってしまっている。

そんな訳で、急いで平泉へ向けて移動を開始です。