「あみん」の「待つわ」でちと考える…

ツイッターでネタを目にして思い出したように聴いている「あみん」の「待つわ」でふと思ったんだが…

俺達はそもそも身分相応…というか自らの理解出来る範囲で効率化やら時間短縮やら何やらを進められているんだろうか?

俺自身はかつての専門だったLSIの設計専門の頃のように時間に対してカツカツでは無い(要するに今は違う事をやっている)。そして色々な面で出来もしないような内容を他人にふっかけているような気もする。

思い返すと…そういう時代だったと言えばそれまでかもしれないが…俺を技術屋として育ててくれたと思う方々は…皆さん俺の成長を「待って」下さった方々だった。内心は「こいつ…バカだな…」と思われた事も多かったと思うが、一通りの失敗をする事を許し、待っていてくれた気がするんだよな。

それに対して今の俺はどうだ?待てているか?待とうとしているか?

自分の積み上げてきた技術が急激に陳腐化するのはこの業界全体の定め。何故なら我々は我々が名付けた「ドッグ・イヤー」の世界を生きているのだから。

それを知った上で…それを覚悟した上で「待てる」かどうか…課題だな。

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